アメリカでソフトウェアエンジニアになりたい皆さんへ

この文書の目的

昨年の秋ぐらいから1on1という形で社内外の人とたくさんお話させていただく機会を得ました。その折に「米国でソフトウェアエンジニアになるにはどうすれば良いですか?」という質問をたくさんいただきました。それに関する自分の見解をまとめておこうと思ったのがきっかけです。昼休みに30分で書き終えることを目標にしているので出来るだけ簡潔になることを目指します。

免責

これはどうしても書いて置かなければならないですが、「米国でソフトウェアエンジニアになる唯一の方法」などというものはありません。ガイドラインくらいは作れるでしょうが、それにしたって時代や政権とともに刻々と変わります。正確なところは必ず移民弁護士に確認してください。この文章を最後まで読んでオファーを取られた方はそうする権利を有しているはずです。

筆者

米国でソフトウェアエンジニアをしています。正式なタイトルはSoftware Development Engineerで、ソフトウェア開発を職務の第一義としています。米国は2回目で、1回目は日本企業の米国支社に駐在員として、今回は米国企業の社員として来ています。IT産業に来て15年ほどですが、最初の5年ほどはインフラエンジニアとして、この10年はソフトウェアエンジニア、特にモバイルアプリ開発が専門です。

TL; DR

最後まで読みたくない人、この資料に書いてあることが言いたいことのほとんど全てです。5分で見られるのでパラパラめくってみてください。 これは駐在員時代に書いたものですが、現地採用になったいまでもほとんど同じ考えです。

speakerdeck.com

根源的な問い

本当にアメリカでソフトウェアエンジニアになりたいですか?外国で、あるいは英語圏でソフトウェアエンジニアになりたい、ではなくアメリカで、ですか? この問いに自信を持ってyesと答えられない場合は米国はやめておいた方がいいかもしれません。なぜならむちゃくちゃ大変だからです。それでもyesの方は続きをお読みください。

…yesなんですね?やれやれ(RPGの武器屋の親父風に)

米国でソフトウェアエンジニアになるのは大変です。もっと正確に言うと、滞在資格のない外国人がそうするのは、です。何が大変か?ビザです。

米国就労ビザフローチャート

米国で働くためのフローチャートです。yesの場合は2つ先の「就職活動」のセクションに進んでください。

1. 米国国籍(米市民権)を持っていますか?

さいつよです。おめでとうございます。

2. 米永住権を持っていますか?

ということはすでに米国にいますね?おめでとうございます。次に進んでください。

3. 米大学(院)生で学生ビザで滞在していますか?

あなたの専攻がSTEM(いわゆる理系)の場合、OPTという仕組みを使って最大3年間インターンおよび就労が可能です。おめでとうございます、就職活動がんばってください。

4. 米国以外の国で博士号を持っていますか?

たとえば日本の大学で博士号を持っていたり、トップレベルの論文を通したりしていれば、O-1という卓越した技能を持つものに与えられるビザが取れる可能性があります。他の人より有利です。

5. 米系企業に就職しており、転籍がサポートしてもらえますか?

たとえばMicrosoft, Google, Amazonなどの米系多国籍企業で働いており、その会社が転籍のサポートをしてくれる場合、L-1B/Aといった転籍のビザで入国できる可能性があります。他の人より有利です。

6. 米国に支社があって、転籍がサポートしてもらえますか?

たとえば日本に本社があり、米国に支社があって定期的に駐在員を送り込んでいる会社の場合、Lビザの他にE-2というビザで入国できる可能性があります。他の人より有利ですが、日本の会社は転籍したあと永住権まではサポートしてくれないケースが多いようです。

7. 配偶者が米国滞在資格を持っていますか?

配偶者ビザも種類によって(そして追加で取得する許可次第で)は就労が可能です。おめでとうございます。

8. それ以外の人

大変です。引き返したほうが良いかもしれません。

ビザ!ビザ!ビザ!騎士として恥ずかしくないのか!

前のセクションで「8. それ以外の人」に向けて書いています。

それ以外の人は、米国で働くために取れる選択肢は非常に限られます。一番の正攻法はH-1Bと呼ばれる、いわば専門職ビザの花形を取得することです。 しかしながらこれを書いている今日現在、H-1Bは申し込みが完全にオーバーフローしており、非常に狭き門となっています。端的に言って外国人がいきなりこれを取るのはほとんど無理です。なぜか?

H-1Bはその年の4月に抽選があります。最近ではおよそ3割程度しかこの抽選に受かりません。そしてラッキーにも抽選に通った3割は、その年の10月からようやく就労が開始できます。4月の抽選のために、各企業は前年の10月ぐらいからポジションを開けて一生懸命採用活動をします。ご存知の通り、米国のソフトウェアエンジニアはコーディング面接が合計で5-6回あったりします。ものっすごい手間なのです。 その手間を掛けてようやく「こいつにはオファーを出せる」と思った候補者が、その後3割完全なる運でしか来てくれない。ただでさえオファーを断られる可能性を考えるともっと低い。しかもオファーを出して働き始めるのは丸一年後と来たもんだ。こんな採用するわけないんです。 企業にとってもこんな採用方針はリスクなんです。

現実問題として、世界でもっともリッチななんたらファみたいな会社ですら、外国人にいきなりH-1Bをサポートしていません。H-1Bをサポートするのは、前セクションで「3. 米大学(院)生で学生ビザで滞在していますか?」に該当する人がOPTで働きながら、そのバックアップとして申し込みというのが現状です。

実力があったらビザはついてくる?とんでもない。いまはそんなことは無理です。実力云々の話ではなく、まず土俵に立てないんです。この辺りで問題の大変さが伝わったかと思います。

もちろんね、例外を挙げればキリがないですよ。就労ビザは企業がサポートするので、たとえばオープンソース活動などで米国のスタートアップの経営陣にむちゃくちゃ気に入られて「お前はデキるやつだから、H-1Bに応募してやる。落ちたらリモートで働いてくれたらいい。どうやっても連れてくるから」なんて言われたら技術者冥利に尽きますよね。このような例は僕も目にしています。しかし明らかに例外ケースです。

ではどうするか?個人的には上で挙げたフローチャートの1〜7で自分に一番近そうなものを選ぶことをおすすめします。H-1B一点突破はかなりキツイです。H-1Bは頻繁に条件見直しの話があって、確実なことを申し上げるのが困難ですが、最近聞く話ではH-1Bに要求される給与水準を高める(≒大企業にしか払えない)という話があるので、ますますスタートアップがこれを出すのは困難になるという見方が多数です。

個人的なおすすめはNo. 5の多国籍企業に入社してL-1ビザで入国です。このビザは1年その拠点で過ごさない限り使えない(例: Microsoft Japanに1年勤めて、米Microsoftに異動)ので注意が必要ですが、大きい会社はL-1 Blanketという枠を持っていて最もビザが下りやすいうちのひとつだと思います。

就職活動

さて、あとは就職活動です。これももちろん大変ですが、ビザの苦労に比べたら鼻くそみたいなものです。あとは自分が頑張るだけです。コーディング対策の本やウェブサイトは数え切れないほどあります。次のウェブサイトは個人的に大変おすすめしております。

tnanjo.net

1kohei1.com

まとめ

本当に米国でなければダメなのか?はぜひもう一度自分に問いかけていただきたいです。英語圏ならばUK、カナダ、オーストラリア、シンガポールと魅力的な場所がたくさんあります。

え、給料?たしかに大手は良いかもしれません。

www.levels.fyi

しかし、例えば僕がTwitterを見ていて思うのですけど、みんな「米国のソフトウェア企業」って言った時にG○○gleただ1社のことを思い浮かべながら書いてないでしょうか?あのような企業は米国でも稀なのではないかと個人的には思います…

米国にいる誰もが億万長者ではないですし、物価も高いです。僕はいまStudio(いわゆるワンルームの部屋)を探していますが家賃は日本円で月25万円ぐらいします。家族連れはもちろんもっともっと高いです。 もちろん、しばしば言われることですが、日本に比べて給料が2倍・物価が2倍ならば可処分所得も2倍ということです。これは結構意味があります。米国は順調に経済成長しているので、米国にいて投資をすることは大きいリターンになる可能性はもちろんあります。しかしまあ、それを話し始めるとこのエントリがブレてしまうしぴったり30分なのでこれにて。

最後に!僕はそれでも米国に来たかったし、来てよかったです。それはソフトウェアエンジニアとしてこの世界に与えられるインパクトの大きさです。何事にも代えがたい喜びがあります。

僕と同じく「それでもアメリカでソフトウェアエンジニアになりたい皆さん」へ、応援しています!!!